書見台と詩集『星闌干』

書見台と『星闌干』

井上靖の詩集『星闌干』

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五月に田舎(秋田の男鹿半島)に帰ったとき、実家の本棚にあった三冊の井上靖(明治七年〜平成三年)の詩集を読んだ。その中の一冊『星闌干』を、もう一度読みたくなった。廃刊になっているようなので、アマゾンを通して古本屋から取り寄せた。
詩集『星闌干』は、井上靖の最後の詩集だったようです。病気になってからの晩年の詩のようで、自宅の庭の季節、そして幼少の頃、戦死した学生時代の友、訪れた中国西域など、過去を回想した詩が多い。

詩集『星闌干』の“星闌干”

私は明治四十年生まれ。明治、大正、昭和の三代を通過して、いまは八十一歳。これから新しい時代・”平成”へのスタートを切る。

平成元年一月某日、夕刻、書斎の窓際に立ち、たまたま想いを、己が幼少時代を過ごした伊豆・天城山麓の郷里の村に馳せる。故里の集落は小さい宝石の固まりのようなものになって、果てしなく遠く、静かな、—–たとえて言ってみれば、天体の入口とでもいったような所に置かれている。

夕刻になると、その小さくて、遠い、宝石の村には燈火が入る。点々と、燈火は点って行く。
やがて、それに呼応するかのように、その集落の上に大きく拡がっている夕空のあちら、こちらでも、星が、これまた点々と輝き始める。

夜が更けると、わが故里の集落は睡り、それを押し包んでいる夜空には、無数の星がばら撒かれ、光り、輝き、時に墜ち、時に奔っている。郷里の村の星空の、この世ならぬ美しさを、久しぶりに、実にひさしぶりに、心と瞼に描かせて貰う。

“星闌干”なる詞がある。闌干とは、星の光、輝き、乱れ、流れ、飛ぶさまをいうと、辞書には記してある。このような星の乱れ、飛ぶ、烈しい交差の中に、故里の夜空のあの独特の美しさの中に、”平成”の自分を立たせることができる。

書見台

じっくり読む単行本は、書見台に置いて読んでいます。珈琲を飲みながら静かに読めます。
この書見台は、単行本サイズの厚い本を、きちんと挟んでくれます。気に入っています。

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