名文家の『名文どろぼう』

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竹内政明の『名文どろぼう

まさにどろぼうです。膨大なテキストから名文だけを盗む大どろぼうでしょうか。そして、盗んだ名文をカードに分類して、こっそり隠している。そして、ときどき盗んだ名文を自然に文章に織り交ぜて読者に紹介している。

竹内政明は、読売新聞の看板コラム「編集手帳」を十年以上執筆してきた名文家です。『名文どろぼう』は、名文家の名文コレクションから、選りすぐりを紹介している。

さすが、新聞のコラムニストです。名文ー短い解説のリズムが良く読みやすい。読みながら、思わず声を出して笑ってしまう名文もある。

難しいことを抜きにして面白い、話のネタになる。こんな具合です。

才能も知恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべて引っくるめたところで、ただ可愛気があるという奴には叶わない。

ー谷沢永一「人間通」(新潮選書)

谷沢さんによれば、しかし、「かわいげ」は天与の才能であり、誰でも持てるわけではない。かわいげの乏しい人は一段下の長所「律儀」を目指せばよい、という。律儀ならば才能は不要、努力次第で手に入る、と。

息子(小三)の持ち帰った書き取りのテストに「女心と心配」と書いて、×がついていた。息子「女といういう字にウかんむり忘れたの」 

ー見坊豪紀「ことばのくずかご」、筑摩書房)

もとは、新聞の読者投稿欄に載った文章という。屋根(ウ冠)の下にいるうちは安心だが、外へでれば女心が心配になる。年頃の娘をもつ父親には「なるほど」だろう。

喜寿の二字草書にくづしキスと読む唇さむし秋深くして

ー新村出(出久根達郎「行蔵は我にあり」、文春新書)

思春期を迎えた少年のように初々しさがほほえましい。銀色の初恋もあるだろう。

戦時中の検閲に、ひどい例がある。—–セリフのなかに「接吻」という言葉があり、台本はその二字が墨で消されていた。

<検閲前>奥さん、どうか一度だけ、接吻させて下さい。

<検閲後>奥さん、どうか一度だけ、させて下さい。

ー(車谷弘「銀座の柳」、中央公庫)

南極昭和基地で越冬生活を送る観測員にもとには、日本の家族からさまざまな電報が届く。全員をシュンとさせた電報があった。ある隊員に、奥さんから来た短い電文。

アナタ 

ー(朝日新聞<標的>1972年1月17日)

『「編集手帳」の文章術』

自書の『「編集手帳」の文章術』で、名文の使い方を次のように説明している。

「編集手帳」(読売新聞)でコラムの構成は「マクラ」、「アンコ」、「サゲ」が理想型で、

「マクラ」本題と関係がなく、多くの人が興味を覚える雑学知識をもって最善とする。本題に関していても、内容が面白ければ次善の策として認める。小説の一節、詩歌、小噺、ダジャレなどの言葉あそび、著名人のエピソードなどなど、無理なくアンコにつながっていきさえすれば領域は問わない。キーワードは「魅力」

また、「うまい引用」とは、つぎの三つが満たされている。

1. コラムの本題に合っていて、こじつけではなく自然に本題につながっていくこと。

2. 読者の興味をひく内容であること

3. 書き手がどうしてその引用を思いついたのか、読者にとって謎であること

名文を集めるのも、使うのも骨が折れそうですね。

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